新・肥後細川藩侍帳
この侍帳は川口恭子氏の「細川家家臣略系譜」を底本とし、松本寿三郎氏の
「熊本藩侍帳集成」「肥後細川家侍帳」ほか細川家正史「綿孝輯録」その他の
資料をもとに、管理人が作成したものである。
内容の至らぬところはひとえに管理人の責任である。このサイトにお立寄り頂い
た皆様にお力添えをいただき、さらに充実した「新肥後細川藩侍帳」にしたいと
せつに願っている。 ・ |
藩主家、一門家家系図 (ぴえーるさんの 「白鷺X城下町」 に詳しく紹介されています)
肥後熊本藩(細川宗家)、常陸谷田部藩(忠興弟興元流)、内膳家(忠興嫡子忠隆流)
肥後宇土藩(忠興四男立孝流)、刑部家(忠興五男興孝流)、肥後新田藩(光尚二男利重流)
******************************** 侍帳目次 ************************************
あ行 か行 さ行 た行 な行 は行 ま行 や・ら・わ行
1、各家の当主名(■表示)は「幕末・明治初年」の当主名である。俸禄、家格等の書き込みも同様である。
1、各代の俸禄や職務などは「熊本藩侍帳集成」「肥後細川藩侍帳」その他の資料を元に作成した。
1、その他の参考書き込みは「綿考輯録」「肥後人名辞典」「細川霊感公」等の資料を元とした。
1、「宛行」「御書出」は「熊本藩御書出集成」に寄るものであり、詳細については同書を御覧頂きたい。
1、その他の書き込みについては、管理人の責任に依り諸資料から信頼のおけるものと判断したもの
を記載した。古記録について真偽が疑われるものについては記載しない事とした。
1、御子孫その他の方々からご連絡いただいた資料で、ご了解を得られたものについては公開した。
1、「細川家家臣略系譜」に記載がないが「肥陽諸士鑑」に掲載ある「家」はこの資料の緻密なことから、
その後の経緯如何に係わらず掲載した。この場合の当主名は最後の当主名とした。
○印は、各侍帳に確認されるが、「細川家家臣略系譜」では確認されない個人である。
1、当主名の右方にある(南東○○-○○)の書込みは分類整理番号である(細川家家臣略系譜・参照)
また下記の様な凡例による特記がある。
(医)の表示は御医師、(船)は御船頭、(茶・鷹・馬)は御茶頭、御鷹匠、御馬方、(一代御中小姓)
は同左、(十代相続寸志)は同左、(*)は病死並御暇等之面々をしめす。
(肥陽諸士鑑)は「細川家家臣略系譜」に記載ないが、肥陽諸士鑑に記載あるものを示す。
1、説明文の内(紺色)表示のものは「肥後人名辞書・復刻版」によるものである。
1、【青龍寺以来】【丹後以来】の表示は、上妻文庫247「青龍寺以来面々子孫」、248「丹後以来之面々子孫」による。
1、【代々御中小姓】の表示は、寺井正文氏所蔵「御中小姓之内代々相續被仰付候御書附写」(宝暦五年三月十七日
三渕志津摩殿ヨリ井上求右衛門江御渡之御書附写)による。
1、沢村文書は、東京都三鷹市在住の沢村家所蔵の文書による(肥後熊本藩藩士沢村家史料及び訓下し 上・下巻)
1、また、各家出自について該当するものについては、播磨屋さんのサイトにリンクさせて頂きました。
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